1970年 日本少年野球連盟結成。
第1回選手権大会(小学生の部・中学生の部)開催
1971年 大阪府下・大阪北・大阪南・兵庫県・九州北・九州南の6支部誕生
1972年 第1回審判講習会を開く
1973年 第1回アメリカ遠征団を派遣
1975年 金属バット公認
1976年 金具スパイク禁止
1977年 ボーイズリーグニュース(日本少年野球連盟機関紙)を創刊
1978年 アメリカからカーディナとヘイワードの2チームが来日
1979年 中学3年生の公式試合出場は11月末までとする
1980年 第1次中国遠征団を派遣、歴史的交流が始まる。選手手帳の携行を義務付ける
1981年 鶴岡理事長が早朝と日没後の練習厳禁を通達。「連盟の手引」を初刊
1982年 連盟の愛称を「ボーイズリーグ」と決定。
世界少年野球大会を大阪球場で開催。4カ国8チームが参加。大阪が優勝。第1回マイアミ市少年野球大会に小6、中1選抜チームで参加。5カ国代表とリーグを行い、全勝で優勝を飾る
1984年 審判の左袖に本部登録ナンバーをつける。
福岡市で世界選手権を開催。大阪が優勝。
1985年 第1回中・四国大会、第1回九州大会を開催。
1986年 第1回中日本大会を開催。連盟のテレフォンサービスをはじめる。
1987年 中学生投手の連投を禁止する
1988年 小学生チームが北京学童野球大会へ初参加。9チーム中3位。ブラジルチーム来日。
1989年
(平成元年)
新定款による理事、評議員を選出。第1回理事会を開催。会長に鶴岡一人氏
1990年 春季大会より、捕手のヘルメット着用を義務付ける
1991年 鶴岡会長が勲四等旭日小綬章を受章
1992年 中学3年生の硬式試合出場は、8月31日までに変更
1994年 ジャイアンツカップ全国少年野球大会で、日本リトルシニア野球協会との初の交流
1995年 女子選手(小学生の部)の登録を認める
1996年 小学3年生以下の「軟式の部」を設置
1997年 ボーイズリーグニュースを刷新。きめ細かいカラフルな紙面に
1998年 投手の投球回数の制限
1999年 大阪ドームでの世界選手権大会(7カ国、14チーム)でジャパン大阪が優勝。日本の6連覇10度目の偉業を達成。連盟創立30週年で永年功労者を表彰
2000年 鶴岡一人名誉会長が逝去。新会長に最高顧問だった渡辺滉氏(三和銀行・相談役)が就任。8月に6ブロック8チームによる対抗の「第1回ボーイズリーグ鶴岡一人記念大会」開催。次年度から各ブロック持ち回りで開催される。
2001年 ボーイズリーグ・シニアリーグ合同審判講習会 鳴尾浜臨海球場他で開港
2002年 支部増設に伴い全国36支部
注意事項の「冬季の試合禁止」を改正
レッグガード並びにエルボーガードの使用を全面的に認める
2003年 野球博物館にボーイズリーグコーナー新設
2004年 支部分割の為、全国で40支部に